日記 by a☆i, Keita 770th day

このblogを始めてから半月が経った。
ネタがないかも、の危機にさらされながらも、自分よくやってきた。毎日良く頑張ってる。そんな自分をほめてあげたい。

(♪胴揚げ中♪)

なぜこんなにむきになってまでして”まいにちまいにち”続けているか、には、意外と理由がある。

中学校・あるいは高校の国語の授業で、ふと読んだ三浦綾子女史のエッセイの影響である。
「日記のない青春への疑問」というもの。
中高の国語など大嫌いで、寝たり漫画読んだり音楽聴いたりしていたけれど、
たまに不意打ちをされて心に残り続ける文章があったりする。
今も手元に、ぼろぼろになったエッセイの載ったわら半紙が残っている。
「三年間、一日も欠かさず日記をつけた人は、将来何かをなす人であり、
十年間日記をつけてきた人は、すでに何かをした人である。」

当時の自分は、偉い人になるの♪の一心で日記をつけ始めた。
これまたしょっちゅう挫折しながらも、最高2年以上続いたこともあった。
その2年以上がふとした1日で壊れてしまった時、しばらく日記をつけなくなったのは言うまでもないこと。

今の自分の中でも、3年で偉い人、という感覚があって今回これを始めてみた。
(これがもし3年続いたら、凄すぎる、自分、ありえねぇぇ。)
改めて文章を読み返してみたら、まず、三浦綾子の言葉ではなく、引用の言葉だったり、
3年ではまだえらくなく、3年で将来何かをなす人だったり、うろ覚えでいかに都合よく解釈していたかを思い知らされた。

なににせよ、何かを継続すること、毎日すること、は、凄いような気がする。
墓場に毎日写真をあげたら、1年で365枚。
それぞれがその日の気分だったり、たくさん撮った中の厳選された思いのこもった1枚だったり、
36枚撮りを10本強とはかなり違う。
普通は、趣味でもないと1年で36枚撮りを10本ひょっとしたら撮らないかもしれない。

写真熱のあるときの自分はいつも何かを撮ろうといつも以上にきょろきょろしながら歩いている。
なんでもないものを被写体としてみているとき、ふとうれしくなる。

そして、1日1コマは、銀塩であれ、デジであれ、写真を撮ろうとも思って実践中の今日この頃である。


これは、今日の1枚。家から駅までいつもと違うルートで歩いてみた。とても新鮮だった。・・・・こん太にて。
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by keita-aoi | 2005-02-01 05:45
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